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十月兔

強制女装を中心とした小説・イラストのブログです。

2009-10

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『月夜哉』 第一章(7)

 (7)

 それから数日間は、非常に静かな時間だった。食事は一日三回、わりとしっかりした物を嫦娥が置いていってくれたし、また暇なときには、嫦娥が置いていった横溝や乱歩、ボードレールや三島などを読んで過ごした。一回医者が来て、ぼくの怪我の状態を確認したくらいで、ごくごく平穏な時間だった。
 我道も一度、顔を見せた。にやにやと笑うその表情は相変わらずしゃくに障ったが、それでも「一日も早く身体を治せ」と言われただけだった。
 “ハヅキ”デビュー当日の夜。ぼくは初めて、嫦娥以外の店員と会った。“スレイブ”を調教する“マスター”の男性で、眼鏡をかけた白皙の男だ。辣腕青年実業家、と言うイメージだが、
「タイハク」
 青年はそう名乗った。
 この店の店員やら店長やらは、月にちなんだ名を付けられている。ぼくはとっさに、(李太白だ)と判断した。
 李太白。李白といった方が通りがよいが、要するに盛唐屈指の詩人である。“詩仙”の異名で知られ、同じく盛唐の詩人で“詩聖”と称された杜甫と並び称される。彼も月に関わりのある逸話が伝わっているのだが──ぼくは何も言わず、彼を見上げた。
「君が“ハヅキ”か。俺が今日、“ショウ”で君の相手をすることになった太白だ。“ショウ”の内容については、その場で指示する。以上だ」
 無駄な会話はしない主義なのか、本当に最低限の必要事項のみを告げた後、太白は出て行った。ビジネスライクで、我道のように無駄に嘲弄するようなこともない。一見普通の人だと思えたが、
「気をつけなさいね、“ハヅキ”。彼、素面だとあんな感じだけど、お酒が入るとすごいのよ。自分の言うことに従わない“スレイブ”には容赦ないから、逆らわない方が良いわよ。どんなに酷い命令でも、ね」
「は、はは……」
 話半分に聞いていたが、嫦娥の言っていることは本当だった。
 夜の8時。いよいよ“ハヅキ”のお披露目ショウが開かれる時間だ。
 ぼくは全裸に首輪という姿で、舞台の袖にいた。リードを引くのは、スーツ姿の太白だ。
「行くぞ」
 彼はぐいとリードを引くと、ぼくを舞台の上に引きずり上げた。そしてぼくは、一見冷徹そうな表情の裏に隠れた太白の酷薄な本性を、かいま見ることになったのである。

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