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十月兔

強制女装を中心とした小説・イラストのブログです。

2024-04

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『女児転生』 第三章(2)


  (2)

 家にたどり着いてすぐ、俺は玄関先に積まれている物に目を奪われた。いくつものゴミ袋。その中身には見覚えがある。服だ。俺の服だ。
「ちょっと、母さん! 俺の服は!?」
 慌てて家に入り、ランドセルを喧嘩先に放り出してどなる。するとキッチンのほうから、
「あんたの服なら二階よ。早く着替えていらっしゃい」
「そ──そういう意味じゃなくて! 玄関にあるあのゴミは……?」
「もうあの服はいらないでしょ? かわりのは用意してあげたから、見てらっしゃい」
 無茶苦茶だ。俺は急いで、自分の部屋に向かう。嫌な予感は増すばかりだった。二階に駆け上がり、自室のドアを開け──
 開かない。鍵がかかっている。力任せにガチャガチャとドアノブを引くが、一向に開く気配はない。そんな、部屋に入れないなんて……!
「あんたの部屋なら、奥よ」
 母さんの声が、階下から上がってきた。俺はぞっとして、おそるおそる、廊下の奥を見る。
「TAKESHI」のプレートがかかったドア。母親が言うのは、あの部屋のことに間違いないだろう。けど、あの部屋は──
「早く自分の部屋で、用意してある服に着替えてから、こっちに下りていらっしゃい。これからのことについて、話しておかないといけないんだから」
「く、ぅ……」
 出かける前に見た、あの部屋──あの子供部屋に、果たしてどのような服が用意されてるのか。見なくても想像はついた。
 俺は覚悟を決めて、部屋の中に踏み入る。幼稚園児の女の子なら喜びそうな、メルヘンな内装の部屋だ。レースの天蓋つきベッドだなんて、いったい今どきどこで見つけてくるのか。足元はピンクのカーペット、部屋の中央には可愛らしいテーブルとチェアが置かれている。
 そしてその上には、小学生が入学式で着ているような、ブラウスとジャンパースカート、そして短い上着があった。コサージュまである。母さんが言っていたのは、おそらくこれのことだろう。
 ふざけるな。こんな──なんだって俺が、こんなものを着なくちゃいけないんだ!!
「母さん!!」
 俺はスカートを翻して階段を下り、リビングのドアを開ける。すると母さんは、
「あら、着替えてないじゃない。どうしたの」
「誰があんな服に着替えるか!! あ、あんな、小さな女の子みたいな服に!!」
「だって、ああいう服が好きなんでしょう? 隠さなくていいわよ、誰もおかしいだなんて思わないから」
 話が通じていない。母親の頭の中ではもう、「俺が女の子の服を着るのが好きだ」という想像が事実として定着してしまっている。説得の余地はゼロだ。
 けど、ここで諦めるわけにはいかない。
「母さん、話を聞いてくれよ。駅前であんな格好をしてたのも、別に俺がああいう格好をするのが好きだからじゃないんだって。ただ単に、色々あって──」
「いいじゃない、恥ずかしがることなんてないわ」
 まるで壊れたスピーカーのように、母さんは同じ言葉を繰り返す。俺の説得が、耳の内側に届いている様子はない。
「うふっ、実はお母さん昔から、娘が欲しかったのよね」
 母さんは笑いながら、俺を見た。いやぁな目つきだった。まるで長年欲しがっていたオモチャが目の前にあらわれたかのような、目の前に落ちてきた僥倖を何とかして逃すまいとするかのような、歪んだ目つきだ。
「だから、武志が女の子になりたいって言うんなら、お母さん、応援してあげる。可愛いお洋服を一杯一杯、武志に着せてあげる。──ううん、女の子に武志なんて名前はおかしいわね。あなたはこれから──みゆきちゃんよ。女の子が生まれたらつけようと思っていた名前なの。うふっ、山野みゆき、いい名前でしょ?」
「……………………」
 狂笑──とさえ言いたいほどに常軌を逸した笑みを見て、俺は説得を諦めた。もう、この親は駄目だ。
 ただ、それでも──
「な、ならせめて、制服くらいは普通に着せてくれよ。学校の制服、予備があっただろ?」
「ないわよ。武志の服はみんな棄てたもの。うふっ、かわりにみゆきちゃんの服があるからいいでしょ? 学校にも、みゆきちゃんの服で行くといいわ。そのセーラー服はちょっとお姉ちゃんっぽすぎるから、もうちょっと可愛い、小学生みたいなお洋服で……」
 うわごとをほざいている母親に背を向けて、俺は外に向かった。途中、玄関に置いてあるカッター(梱包を解くために使うものだ)をひっつかみ、外に出る。3つ、4つ山になっているゴミ袋は、透明なので中が見える。探すと──あった。シャツの白。ズボンのグレイ。うちの高校の男子制服だ。
 力をこめてカッターナイフを引き、ゴミ袋を破る。これさえあれば、せめて学校には普通に行ける。いや、制服のまま外で時間をつぶせば女装しなくてはならない時間も最小限に抑えられるだろうし、何より普通の服を買いに行くこともできる。これさえ、この制服さえあれば──
「え」
 ウソだろ。なぁ、ウソだろっ!?
「どうしたの、みゆきちゃん」
 ……………………
「うふふっ、その服は、武志の服よ。みゆきちゃんには必要のない服。もう二度と、必要になることもない服。だから──」
 震える手で、ゴミ袋の中から制服を取り出す。それは、その制服は──

「着られなくなっても、誰も、困らないでしょ?」

 ズタズタに引き裂かれて、もはや二度と着られない状態になっていた。

『女児転生』 第三章(1)


  第三章 非日常(1)


 けっきょく俺は、幼稚園生のスモックを着たまま学校に行くことになった。予想通り、道すがらずっと注目を浴びることになった上、まだ部活動中で残っている生徒も数多くいる。到着してすぐとんでもない相手に捕まった。
「おい、山野!」
 校舎ロビーで行き会わせたのは、クラス担任の高塚先生。銀縁眼鏡の奥で目を見開き、
「なんだその格好は。お前、そんな格好で学校まで来たのか? まるで幼稚園児じゃないか」
「その、これは、なりゆきで仕方なく。本当はこんな格好、したくないんですけど」
 高塚先生はじっと俺の顔を見ていたが、
「まぁいい。酒匂先生が呼んでいるからな、英語科教室で荷物を受け取ってくるように。それと、急に学校から逃げ帰るんじゃないぞ」
「は、はい……」
 話を信じてもらえたんだろうか。判らないまま、高塚先生は俺に背を向けて外に向かう。しかし最後に振り返り、
「ああ、それと学校では、制服もしくは標準服が基本だからな。さすがに幼稚園児はまずいから、せいぜい女子制服を着てくるくらいにしておけ」
「っ、だからそんな趣味はっ……!」
 高塚先生はみなまで聞かず、視界からいなくなった。信じてもらえていない。今度こそ本当に孤立無援だ。
 俺は緩む涙腺を懸命にこらえて、四階にある英語科教室に向かう。ノックして中に入ると、酒匂先生が待ちかまえていた。
「あら……あらあらあら、ずいぶん可愛らしい格好になってるわね。うふっ、昔を思い出すわ」
 酒匂先生はなぜか遠い目をしたあと、机の上にまとめて積んであった荷物を指さし、
「そこにいちおう、山野くんの荷物はまとめておいたわ」
「ほっ……」
 良かった。荷物の中には、ここで脱いだ男子制服も入っているはずだ。少なくとも帰り道は恥ずかしい思いをしなくて済むだろう。……え?
「お、俺のバッグは!? 確か制服は、あのバッグに入れていたはず……」
「バッグ? おかしいわねぇ、見あたらないわよ。けれど教科書とかはそのランドセルに入れてあるから、それを背負って帰ればいいじゃない」
 わざとらしく首をかしげる酒匂先生に、俺は事態を把握した。佐々木莉子だ。あいつが俺の教科書類──無くては困るものだけをとりだしてランドセルに詰め、かわりに男子制服を俺のバッグに詰めて、持って行ってしまったのだ。きっと明日になったらしれっとした顔で、「山野くん急に帰っちゃったから、あたしが持って帰ってあげたのよ」とでも言うつもりだろう。悪辣な女だ。
 なら体操服は──とも思ったが、こっちも駄目だ。体操着を入れたロッカーの鍵は、莉子が持ち去ったであろうバッグの中に入っている。
「くすっ、幼稚園の制服にランドセルってのは、ちょっと似合わないかしらね。どうする? こっちの女児制服に着替えていく?」
「っ……な、なら男子制服か体操服を貸してもらえませんか……?」
 幼稚園児のスモックと小学生の制服、それも両方とも女児用だなんて、窮極過ぎる選択だ。ランドセルは我慢するにしても、せめて普通の格好に戻りたい。
 だが酒匂先生は──予想通り──首を横に振り、
「ちょっと今、予備の男子制服はきらしているのよ。けど確か、女子制服ならあったかしら。それでも良ければ貸してあげるけど?」
「じょ、女子制服……」
 普段女子が着ているあの制服を思い出して、絶句する。白地に水色のラインが入ったセーラー服。あれを着るのは……
 しかしまだ、目立たないという点から言えば他の候補よりはマシかも知れない。
「わ、判りました。女子制服を貸してください……」
 恥を忍んで言うと、
「ん? なんて言ったの? よく聞こえなかったから、もっと大きな声で言ってちょうだい」
「ぐっ……」
 酒匂先生は首をかしげ──えい、わざとらしい! この先生はやっぱり、佐々木莉子と同類だ。俺がに恥ずかしい思いをさせるのが、好きでたまらないのだ。
「じょ、女子制服を貸してくださいっ!」
「くすくすっ、仕方ないわね。それじゃ、荷物をまとめてついていらっしゃい。さすがにここにはないから──保健室まで行きましょ」
 保健室に連れて行かれ、ようやく園児服から制服に着替えることができた。恥ずかしいが、それでも園児服に比べればずっとマシだ。俺は先生に型どおりのお礼を言って、ランドセルを手に提げて(さすがに背負って帰る気にはなれない)いつもより暗く長い帰路についた。

『女児転生』 第二章(17)


  (17)

 駅員室に連れて行かれると、三人が待ちかまえていた。俺を見た瞬間、秋穂ちゃんが「あっ、お兄ちゃん!!」と叫び、それを聞いた駅員数名がぎょっと目を向いた顔は忘れられない。それはそうだろう、小学校高学年くらいの子が幼稚園風の女児服の服を着て、しかも高校生の男子だというのだから。
 駅員からいろいろと話を聞かれ、住所や氏名などを確認された後、ようやく俺は解放された。恐らくこの駅の伝説として、数十年間は語り継がれることだろう。
「まったく、お兄ちゃんのせいで大恥かいちゃったわ」
 ふざけるな。恥をかかされたのはこっちだ。
「本当ね。せっかく喜んでくれそうな物を買ってきてあげたのに」
 ずい、と目の前に突き出される紙袋。明らかに子供服ブランドのものと判るその紙袋に嫌な予感を覚えるが、受け取らなかったら何をされるか判らない。重さからするとやっぱり服だろう。紙袋の重みが、別の意味で腕に重い。
 それでもありがたかったのは、冬花ちゃんと有里奈ちゃんが俺たちの家とは別方向だったこと。彼女たちとは駅前で別れ、俺は秋穂ちゃんと家路を辿った。秋穂ちゃんは無邪気に話しかけてきたけれど、俺は生返事ばかりしていたように思う。
「それじゃお兄ちゃん、さようならー」
「う、うん、さようなら……」
 隣に住む秋穂ちゃんとも別れた俺は、重い足取りで自宅に向かった。ほんの20メートルほどの距離が、果てしなく憂鬱だった。
 家に帰ったら、まず何としても誤解を解かないと。こんな幼稚園の制服姿では説得力がないかも知れないけれど、このままではとんでもないことになる──そんな悪い予感があった。
「ただいま……」
「おかえり。鍵はあいてるから、入っていらっしゃい」
 インターフォンごしに言われたとおりに、家にはいる。

 ああ、やっと帰ってきた!!

 今日一日、あまりにも色々なことがあったけれど、ようやく帰って来れたんだ。思わず深い溜息が出た。靴を脱いで玄関に上がり、とにかく一刻も早く着替えよう。自室のある二階へ続く階段を上り、自分の部屋へ──

 開かない。

「え……?」
 びっくりしてドアを何度も引くが、鍵がかかっているのかガチャガチャと音がなるばかりで一向に開かない。
 なんだ一体? パニックに陥りかけたとき、
「そっちの部屋は開かないわよ。こっちにいらっしゃい」
 隣の部屋から、母さんの声が聞こえてきた。
 嫌な予感は高まるばかりだった。なぜってその部屋は、俺がむかし使っていた子供部屋だったから。
 それでも声のした部屋──「TAKESHI」のプレートがかかった部屋の前まで来る。
 ちょっと待て。このプレートはなんだ。少なくとも今朝家を出るときには、こんなプレートはかかっていなかったはずだ。しかもそれは、水色の雲形プレートの周りにホイップクリームのような枠がつき、その縁にたくさんのフリルがついているもの。文字だって、ポップ調の可愛らしい字体。

 明らかに、小さな女の子の子供部屋にかかっているようなプレートだ。

 悪い予感に弾かれるように、俺はドアを開いた。開いた途端、のれんのようなカーテンに視線を覆われる。こちらもピンクの水玉模様で、フリルがついた可愛いものだった。それをはねのけ、室内に踏み入る。
「おかえり、武志。今、お部屋の用意をしてあげてるわ」
 パステル調クローゼットの前にいる母さんが、服をハンガーに掛けながら声をかけてきた。服──サンドレスやジャンパースカートのような女児服を。
「な、なにしてるんだよ母さん!! なんで俺の部屋に鍵を掛けてるんだよ!!」
「言ったじゃない、部屋の用意をしてあげてるって」
 母さんは平然と笑って、
「女の子の服を着ていたいんでしょ? だったらお部屋も、可愛い女の子らしいもののほうがいいんじゃないかしらと思ってね」
「違うって言ってるだろ!! いいから早く、部屋の鍵をあけて着替えさせてくれよ!!」
「恥ずかしがらなくてもいいわよ。着替えならそこにあるから、好きなのに着替えなさい。それとも、やっぱり幼稚園生でいたいかしら?」
「っ……!!」
 指さす先にあったのは、やはりピンクや水色の女児服ばかり。こんなものに着替えられるか──とは思ったけれど、幼稚園女児の服のままでいたいわけではない。
 押し黙った俺に向かって、
「そうそう、さっき学校から連絡があって──酒匂先生、って言ったかしら。鞄だの着替えだのを引き取りに来て欲しいって。そのままの格好でも、着替えてでもいいから、とにかく取りに行きなさい」
 母さんはとどめを刺すように、そう宣告した。

          『女児転生』第二章 小学生(了)

『女児転生』 第二章(16)


  (16)

 その後、俺は冬花ちゃんたちに連れ回されて駅方向へと向かった。駅に近づくにつれてどんどん人通りは激しくなっていき、とうぜん俺を振り返る人の数も増えていく。恥ずかしくていたたまれなかったが、それでも彼女たちのあとをついていく。すると彼女たちは、駅の改札前で立ち止まり、
「お兄ちゃん、ちょっとここで待っていてくれる? あたしたち、いろいろとお買い物をしてくるから」
「か、買い物……?」
「ええ。それまでの間、ここで待っていて欲しいの。そのくらい簡単よね? お兄ちゃんは幼稚園の女の子じゃないんだものね」
「こんな場所で……?」
 冗談にもほどがあった。ここの駅前は、JR線とモノレール線が交差するかなり大きな駅で、とうぜん人通りも極めて激しい。まして、通勤通学ラッシュの第二派がやってくる五時半過ぎ、こんな改札で待たされていたのでは、一体どれくらいの人に見られることか。
「ね、ねぇ、待ち合わせなら、もう少し人のいない場所で……」
「だめよ」
 冬花ちゃんは一言のもとに俺の懇願を切り捨てると、
「行きましょ、二人とも」
 反論する暇もなく、三人は俺を残して改札から離れ、どこか人混みの中に消えていった。

 ──どうしよう?

 改札前の雑踏、電車がホームにやってくるごとに、百人近い人が改札を通っておりてくる。もちろん改札を通ってホームに向かう人もいるし、とにかく大勢の人が俺の目の前にある改札をくぐっていた。
 そしてその殆ど全員が、俺の姿を見てぎょっと目を丸くし、じろじろと見ながら立ち去るか、あるいは連れ合いと何事か囁きながら去っていく。彼らが何を考えているのか、訊ねるまでもなく判ってしまい、俺は冬花ちゃんたちの帰りを待ち続けた。
 しかしなかなか、彼女たちは帰ってこない。自分では見えないが、俺のいまの顔はほとんど泣きそうになっていることだろう。それが判っていながらも、どうすることもできずに立ち続けるしかない。
 ──そうやって立ち続けること、三十分。現実感がない。何か悪い夢を見ているような気分で、何を考えることもできずに立っていた俺の耳に、
『本日は、JR**駅をご利用いただきまして、まことにありがとうございます』
 駅構内のアナウンスが虚ろに響いた。
『迷子のお呼び出しをいたします。市内からお越しの、山野武志ちゃん。市内からお越しの、山野武志ちゃん。お連れのかたがお呼びです。至急、駅管理員室まで来てください。繰り返します……』
 耳を疑った。ぎょっと立ちすくんだところに、さらにアナウンスが聞こえてくる。「迷子」の身体的特徴を読み上げているのだ。
『山野武志ちゃんは身長150センチ半ば、痩せ形で、ピンクのスモックに同色のチェックスカートを着用。赤い通園鞄を所持しています。一八歳の少年ですが、外見的には背の高い幼稚園児に見える、とのことです。お近くで見かけた方がいらっしゃいましたら、御手数ですが、駅員室までお連れ下さい。繰り返します……』
「ひっ……!」
 喉がおかしな風に鳴った。周囲を見回すと、周りの人々の視線が一斉に俺を向いていた。
「っ!」
 俺は身を翻して、改札前から駆けだしていた。がむしゃらに走る間、とめどない涙がこぼれていた。
 まさかここまでのことをされるとは、思っても見なかった。せいぜい改札前に俺を待たせて辱めるだけだと思ったのに。大勢の人に顔を見られ、本名を曝露されるなんて……。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
 気付けば俺は駅の外、近くのデパートや商業ビルに続く歩道橋のような通路までやってきていた。過度の緊張と運動のせいで呼吸が荒く、激しく心臓が鳴っていた。
 いっそこのまま帰ってしまった方が良いかも知れない。このまま駅員室に向かったところで、状況が好転するとは思えない。
 帰ろう。このままの姿で帰るのは、ブルマーの時より恥ずかしいけれど──でも、あいつらに連れ回され続けるよりはマシだ。
 俺はゆっくり、駅を迂回するようにして自宅方向に歩き出した。足を動かすたびにスカートが揺れて恥ずかしいが、とにかく歩かなければ家に帰ることもできない。ここが我慢のしどころだと思いながら歩いていると、
「あら、ねぇキミ!」
「えっ!?」
 ふいに、OL風の女性から腕をつかまれた。細面で、後頭部にまとめた黒髪を無造作に垂らしている。
 彼女は俺の姿を上から下まで眺め回すと、
「やっぱりそうだ。キミ、山野武志君でしょ? そこの駅で、キミのことを呼び出してるよ」
「し、知ってます。でも大丈夫ですから……」
 たったいま駅から出てきた人らしい。面倒くさいけれど、何とかして腕を放してもらわないと……。
「放っておいてください。俺、ひとりで帰れますから……」
「あら、本当に男の子なんだ。ふぅん、あの駅の迷子呼び出しを聞いたときは、てっきり時季外れのエイプリルフールかと思ったけど、本当のことだったのね。へぇー……男の子にしちゃずいぶん可愛い格好だけど、駅で呼び出してるのが判っていながらそれを無視するのは感心しないね。駅員さんたちだって、早くあなたが来てくれないことにはいろいろと面倒なんだから」
「ぐっ……」
 そんなことは、俺を呼び出して恥をかかせている女の子たちに言ってくれ。そうは思ったが、彼女が言っていることも正論だ。
「さ、早くいらっしゃい。お姉さんが駅員室に連れて行ってあげるから。何か事情があるなら、駅員室でゆっくりと話せばいいからね」
「やっ……は、はなしてくれーっ!」
 彼女は俺の叫びを聞かず、ずるずると力ずくで、俺を駅員室に引っ張っていった。

『女児転生』 第二章(15) 


  (15)

「やっぱり、お兄ちゃんのママだっ!」
 50メートルほど前方から歩いてくる、スーツ姿の女性。それは紛れもなく、俺の母親だった。とっさに身を翻して逃げようかとも思ったが、冬花ちゃんに服の裾をつかまれ、逃げることもできない。
 その間に、秋穂ちゃんは大きく手を振って、声を張り上げていた。
「お兄ちゃんのママ、こんにちわーっ!」」
「あら、秋穂ちゃん、こんにちは。今日はおともだちと一緒?」
 のんびりとこちらにやってきた母さんは、視線を秋穂ちゃんから俺たちに移し──俺を見て、ぎょっとしたように、目を丸くした。
「ちょっと……武志? 何やってるのよ一体!?」
「か、母さん……」
「何なの一体その服は!? まるで幼稚園の女の子じゃない! 高校生にもなって、恥ずかしくないの!?」
 大声でいわないで欲しい、と思ったが、ヒートアップしている今の母さんに直接それを指摘しても無駄だ。一刻も早く誤解を解いて、落ち着かせるしかない。
「俺だって好きでこんな格好をしているわけじゃ──」
「嘘をおっしゃい。だったら何でそんな格好をしているのよ。そんなものを着て外を出歩いておきながら、好きで着ているんじゃないなんていわれても、全然説得力がないわよ」
 その意見には全面的に賛成だったが、しかし実際そうなんだから仕方がない──そう言おうとした矢先、
「そーですよねー」冬花ちゃんが口を挟んだ。「さっきからずっとこんな調子なんですよ。自分から、秋穂がむかし通ってた幼稚園の制服が着た言っていったくせに、こうやって外に出た途端、恥ずかしいの嫌だのっていって……」
「そうなの? まったく、何で高校生にもなった男の子が、こんな服を着たがるのかしら」
 理解に苦しむ、と言わんばかりの顔。そこへ、今度は有里奈ちゃんが口を挟む。
「考えるに、何か山野くんの中に屈折した感情があるのではないでしょうか。小さい女の子に憧れたり、あるいは小さな女の子になりたいと思うような感情が。無意識のうちにあるそうした感情が、女装は恥ずかしいことだと思う表層意識との間でジレンマを起こしているのだと思います」
 とても小学生の発言とは思えない有里奈ちゃんの説明。しかしそれを聞いた母さんは、はっとしたように目を丸くした。急に小声になって、
「そうね……武志には、ちゃんとした男の子になって欲しいからって、できるだけ男らしく育てたつもりだったんだけど……それがいけなかったのかしら。武志にとって負担になって、結局こんな風になっちゃったのかも……)
「その可能性はありますねー」冬花ちゃんがさらに便乗し、「このままほっとくと、変な方向にエスカレートしちゃうかも知れませんよ? 例えば幼女趣味に走ったり──ですから、できるだけ安全な方法で、そのジレンマ? を解消した方がいいんじゃないでしょーか」
「そう……そうね。でも、どうすればいいかしら」
 冬花ちゃんと有里奈ちゃんの口の巧さ、そして何より、母さんがもはや俺の弁明にまったく耳を貸さないせいで、話はどんどんおかしな方向に転がっていく。さっきから口を挟もうとはしているんだが、誰も聞いていないので結局なにもできないままだった。
「良い方法があります。ちょっと失礼……………………」
 冬花ちゃんはひそひそと、母さんの耳に何事かを吹き込む。母さんはうなずきながらそれを聞いていたが、やがて話が終わると、
「そうね……それしかないわね。判ったわ」
「本人は嫌がるかも知れませんけれど、口先だけですから無理矢理させるくらいのほうがいとおもいますよー。『周りから無理矢理やらされているんだ』ってことにしたほうが、お兄ちゃん自身も楽でしょうし」
「ええ、判ったわ。いろいろとありがとうね、ええと……」
「冬花です。で、こっちが有里奈」
「冬花ちゃん、有里奈ちゃんね。ふふっ、小学生とは思えないくらいしっかりした子ね、二人とも、これからも武志をよろしくね」
「ええ」
 何だか不吉な意気投合が行われていたが、俺はもう口を出す気力も失っていた。
「それで、秋穂ちゃんたちはこれからどうするの?」
「これからちょっと、ある場所に行くつもりです」
「そう。なら、気をつけてね。武志、くれぐれも変なことをするんじゃないわよ」
 母親はそう言って、結局一度も俺の言い分を聞かないまま、家路へと向かう大通りを下っていった。

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