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十月兔

強制女装を中心とした小説・イラストのブログです。

2009-06

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乙女座の園 第2エリア(2)


(2)

 「えっと、何か?」
 良介はにっこり営業スマイルを返す。小首を傾げて、いかにも当惑したそぶりだ。
 これは、彼がひそかに組み立てていた「万一知り合いにあった場合のマニュアル」に則ったものだ。相手が気付かなければ、そのまま素通りする。もし相手が自分の名前を呼び掛けたり、あるいはまじまじと見てきたりすれば、当惑した風を装ってごまかす。そうすれば、逆に相手は自分が変な事を言ったのだと思ってくれるだろう。そう読んだのだ。普通に考えれば、男である良介がこんなところで働いているはずはないのだから。
 予想通り、その良介の表情を見た女性は、あわてて手を振った。
「あ、ごめんなさい。あなたが知り合いにそっくりだったものだから」
「いえ。それでは、ごゆっくりどうぞ」
 良介は何事もなかったかのように、彼女のもとを立ち去って、次のオーダーを取りに行く。しかし内心は、決して穏やかではなかった。
 彼女の名前は、月織円香(つきおり まどか)。良介と同じ大学の同期で、学部も同じ。とはいえ、ゼミで同じになったことがないので、実際にはつながりが薄い。せいぜい学部での飲み会で一緒になる程度だ。しかし彼女は有名人だったので、時々しか見ることがない程度であっても、彼女のことは覚えていた。
 有名な理由は、彼女が学部一の美人であり、しかもガードの固い女性として、相当な数の男が挑んでは破れているためだった。良介の乏しい人脈で聞いた限りでさえ、十人近くが轟沈しているのだ。いずれもルックス、話術に自信を持つ歴戦のつわものばかり。そのすべてが、「まずはお友達から」というありふれたスタート地点にさえつけずに、累々と骨を晒していった。
 あまりの難攻不落ぶりに、一時期はレズ疑惑さえ浮かび上がったほど。しかし女性と付き合っているという話もないため、彼女は常に「高嶺の花」としての地位を確立していた。あるいはそれが目的だったのかもしれないと、良介はひそかに思ったものだが。
 オーダーを取ってもどると、さやかがにやにやと笑っている。ちょうど近くには誰もいないので、地の表情だ。
「なになに? りさちゃんの知り合い?」
「違いますって。人違いです」
 適当に答え、良介は創作デザート《Lakeside Swan》をお盆で運ぶ。一見すれば普通のトリュフチョコだが、ナイフを入れると中からミルク風味の真っ白いクリームがとろりとあふれ出る。「醜いアヒルの子」をイメージしたものだ。トリュフチョコの周りには淡いブルーのシロップの中に、真珠を模した砂糖菓子が配置されている。
 店内を通って運んでいると、いつもとは違う視線が突き刺さる。……円香だ。しかしここで視線を合わせると、正体が露見しかねない。彼は何も感じないそぶりで、他のお客さんの接客を続けた。
 それでもやはり、気になるものは気になる。何せ自分が男の時の知り合い、それもとびきり美人の知り合いが、自分の正体を勘繰って、じぃっと見ているのだ。
 結局円香がこの店を出たのは一時間後。そのころには良介はぐったり疲れ切り、妖精さんを演じるにはいささか体が重くなっていた。
 それでも何とか切り抜けて、逆に彼は度胸がついた。何度か休憩をはさみながら午後も仕事をこなしていく。
 そして、宵の口になった頃。園内を一回りして一服入れに来たのか、またしても《Sweet Spirits》に円香が現われた。
「お待たせいたしました。こちら、当園のオリジナルカクテル《Tear of Marmaid》になります」
 内心で冷や汗を流しながら、良介は注文された飲み物を置いた。イチジクのリキュールを炭酸水で割って、そこにオレンジのシャーベットを浮かべた小粋なカクテルだ。
 しかし彼女は、目の前に置かれる美味しそうなカクテルには目もくれず、それを目の前に置く良介を見る。まじまじと見つめながら、
「……やっぱり似てるなぁ」
「どしたの、円香」
 一緒にいた友達が、なぜかウェイトレスばかり見つめている円香を不審げにみる。彼女は相変わらず良介を見ながら、
「うん。このウェイトレスさん、大学の時の知り合いにそっくりなのよ。有沢くんって言うんだけど」
「有沢くん、って男じゃない。男がこんなところにいるわけないじゃないの」
「そうよ。いくらなんでも男性が、この衣装着て働くなんて、そんなことあるわけないって。気持ち悪くて見られたもんじゃないでしょ」
 女の子二人の言葉に、良介は心臓が飛び出しそうだった。しかし円香は相変わらず、彼の顔や指先を、じっと見つめ続けていた。

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