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乙女座の園 第3エリア(4)
(4)
「あら、お兄さんがアリスなのね」
《アリスのお茶会》打ち合わせの場で互いの自己紹介をすませた直後、ゲストの少女が軽い調子でそう言った。
良介は硬直した。いま着ているこの服は、スカートが大きく広がり、体型がかなりごまかされる一品。しかもここ1ヶ月以上にわたり女性として振る舞い、挙措もかなり女性として違和感のないものになっていると思っていたのに、この少女は、一見して見抜いたのだ。
そんな彼に、中学生くらいのロリィタ少女はくすくすと笑った。彼女が着てるのはいわゆる白ロリで、真っ白い姫袖のワンピース、背中には大きなリボンが結ばれ、スカート部分の前にはレースで縁取りされたエプロンが垂れている。スカートは軽やかなフリルが広がり、リボン通し風のプリントが入ったニーソックスと、ピンクの厚底サンダルが可愛らしい。頭につけているのは、耳のような飾りの付いたボンネットだ。
彼女は、神無兔と名乗っていた。神無兔はくすくす笑いながら、
「隠さなくても良いわ。似合ってるし、アリスが女の子とは限らないもの」
そう言われても、男性だとばれていると落ち着かない。その心情を察したのか、もう一人のゲストが神無兔をたしなめた。
「神無兔。からかうのは程々に、ね」
そう言った彼女の名は、浄玻璃。彼女はやや年齢不詳で、20代後半から30代後半まで、いくらにも見える。こちらは赤ゴスというのか、深紅のベルベットでできた豪奢なドレスで、スカートは膝の辺りでドレープになっており、その下にはカーテンのようなひだが大量についたスカートが足もとまで覆っている。上半身は黒いレザーのベルトで腹部を何カ所も縛り、編み上げからのぞく胸元を大きく開けて強調している。肩は完全に露出させ、二の腕までを覆う黒いレースの手袋をつけていた。
煽情的ではあるが、男性の目を意識したものではない。むしろ、女性としての自らの魅力を強調するかのような「衣裳」だった。
二人は原宿の片隅にあるロリィタショップ《十月兔》の店主と、店員とのことだった。もちろん浄玻璃が店主だ。浄玻璃は吐息を絡めた頽廃的な口調で、
「ごめんなさいね。この子、そういうのすぐに判る方なの。それに、純粋に褒めてるのよ。だから気にしないで」
「あ、いえ。ただ、これからのトークショーの時には、男性だって言わないでくださいね」
一見ものすごい格好をした浄玻璃の方が、良識的なことを言う。良介はちょっと安心した。
それに2人を見ていて、良介はやっと気付いた。そうか。この2人は、『アリス』の中で重要な役割を果たす「ウサギ」と「女王」か。そして自分が――「アリス」だ。女性2人を前にして、男性である自分が「アリス」なのかと、良介は少し落ち込んだ。
そんな彼を見て、神無兔は嬉しそうに笑う。良介が男と知っているのが自分たちだけであるという、ちょっとした共犯者意識が楽しそうだ。
「もちろん、ばらしたりなんてしないよ。アリスは夢を見て、夢を見せるものだもの。現実なんて無粋なものを持ち出すのは野暮の極みね。でも、ちょっとした現実の欠片を覗かせるのは好き。風刺を用いたルイス・キャロルの好みに合うんじゃないかしら」
「まぁ、その辺りはトークショーの時か、その後にでも話すとして、打ち合わせをしましょう。テーマは確か『夢』ですけど」
良介は彼女の言葉に取り合わず、話の軌道をそらす。浄玻璃が肯いて、
「そうね。でも、アド・リブで何とかなるし、何とかするわ。神無兔がよほど変なことを言わなければ」
「酷いわね、浄玻璃。……お兄さんも、悪夢だと思って早く目覚めることばかり考えていないで、どうせなら夢の中を楽しんだ方が良いわよ」
神無兔はにっこり笑って言う。良介は内心で、ぎくりとした。彼女の洞察力は、年若い少女と侮れないものがある。
そしてついに、問題のトークショーの時間になった。良介は大勢の女性に見られて恥ずかしがりながらも、司会兼主役を無事に務め、ほかの2人も良介の正体をばらすことなく、無難ながら機知に富んだやりとりに終始した。
こうして無事に終わるかと思われたとき、最後の最後になって神無兔がこんな事を言いだした。
「本当にこのアリスのお洋服、とっても可愛いですよね。男の子が着ていても、女の子に見えるんじゃないかしら。ねぇ、このアリスさんも、もしかしたら男の子かも知れないわよ?」
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