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十月兔

強制女装を中心とした小説・イラストのブログです。

2024-05

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乙女座の園 第8エリア(1)


 第8エリア カテドラル《Bridal Dream》

 (1)

「良介は、全然違う。あの店でも、人に見られて、それを喜びにしているように見えた。だから、あたしとは全然違うんだよ」
 円香は微笑みながら、そう言った。しかし、
「でも俺だって、好きこのんでああいう格好をしているわけじゃ、無いよ」
 良介は食い下がった。確かにいまの話を聞いて、円香に対する見方は大きく変わったが、それでも自分は「あの」姿、《Sweet Spirits》の制服を着て働くのが好きというわけではない。
 円香は不思議そうな顔で、
「なんで? すごく似合ってるし、良介が活き活きしてたのは、あれが気に入ったからじゃないの?」
「違うってば。大体、すごく恥ずかしいし」
「別に、いつもあんな露出の多い服を着ろとは言ってないよ。普段着だけでも、ごくごく普通の女物にすれば良いじゃない。タンクトップとか、膝丈スカートとか」
「でもさー……」
 それでも嫌がる良介に、円香は少し眉をひそめた。
「ねぇ。なんでそんな、女性用の服を着るのを嫌がるのかな?」
「なんで、ってそれは恥ずかしいからに決まってるよ」
「なんで恥ずかしいのさ? 良介が女装してても別に見苦しくはないし、それどころか男物の服を着ているときより似合っているくらいだ。しかも、それを着ている良介はとっても活き活きしている。まるで、いままで良介を縛っていた色々なものから、解放されたよう。ちょうど、あたしがこうして本当の自分に戻ったみたいにね」
 円香は自分の胸に手を当てる。彼女の話を聞きながら、良介は、話の流れこそ違うけれど、円香も黒谷社長と同じようなことを言ってるな、と思った。
「あたしだって、大学のころは自分の強迫観念に縛られてた。でも、いまは違う。こうやって割とラフな格好をして、男相手にもずばずばと気取らない返事をする、本当の月織円香さんだ。そのあたしを、変だと思う?」
「いや、それは思わないよ。むしろ大学のころより話しやすいし、面白いし、何より円香自身がリラックスしている感じで、見ている方も落ち着くから」
「なら良介が女性の服を着るのも、そっちの方が活き活きして魅力的なんだから、全然問題はないでしょーに」
 ここで円香は、怒ったような顔をした。
「なんでそんな、女性用の服を着るのを嫌がるの? あるいは、女として見られることを嫌がるの?」
「えっと、その……恥ずかしいじゃん、やっぱり」
「だから、なんで?」
 水掛け論だ。理屈ではないのだが、円香はぞんがい理屈っぽく、良介に対して明確な回答を求めてくる。彼女は言った。
「もし、男が女の服を着ることそのものが恥ずかしい、なんて考えているんだったら、はっきり言っておくよ。女をバカにするのもいい加減にしろ、ってね」
「な……!」
 良介は絶句した。あまりにも、思っても見ないことだった。

乙女座の園 間章8

   間章8 食事処《Hime-Goten》

 《乙女座の園》には、他の建物とは一線を画するデザインの建物が、2つある。1つは第7エリアにあるゴシックハウス《Phantasmagorie》。ノイシュバンシュタイン城をモデルとした某テーマパークのお城のような、麗しい城ではない。フランケンシュタイン城のように半ば廃墟と化した、おどろおどろしい建物である。メルヘンな印象の他の建物からは、完全に浮いている。
 そしてもう1つが、食事処《Hime-Goten》である。外装は白鷺城の天守をベースにしたデザインだが、内装は完全に江戸時代の大奥風だ。こちらは「和」をコンセプトにしているので、やはり洋風建築の立ち並ぶ他のエリアとは完全に隔絶しており、これら二つの建物は、わざと他の建物から切り離して作られている。
 閑話休題──。
 《Hime-Goten》は和風レストランである。こういうテーマパークのつねでは、食事には大して期待出来ないことが多いのだが、この店は違った。割烹やら料亭やらといった専門店で修行を積んだ料理人が合計4人、さらに厨房の手伝いをする調理師が3人、合計7人がかりで料理を作っているのである。厨房の様子は、店内や外から見ることは出来ないが、それでも板前たちには店内で働く女給(ウエイトレス)と同じ制服が定められている。
 色とりどりの袴に、ひだのついた前掛け。大正浪漫漂う衣装が、この《Hime-Goten》の制服だ。戦国時代、江戸時代の女料理人なら和服にたすき掛けだろうとか、野暮なことを言ってはいけない。江戸初期を舞台にした時代劇のはずなのに、なぜか寿司も鰻も出回っていて華やかな衣装のお姉さんがいるのと同じだ。要は、エンターテインメントである。お客を喜ばせることが、何より重視されているのだ。
 そして喜んでいるのは、お客ばかりではない。女給や板前たちにも、多少動きにくいことをのぞけば、この衣装は「可愛い」と好評だった。

 ただ1人の例外を除いて。

(……、まったく、お屋敷の専属料理人で、小さな女の子にせがまれて子供向け料理番組のヒロイン風の衣装を着せられたと思ったら、今度は袴にエプロンかよ。……まぁ、前の服装に比べればマシだけどさ)
 内心呟きながらもまめまめしく働いているのは、この《Hime-Goten》の板長だった。
 彼はさるお屋敷をクビになったばかりの調理師だった。職にあぶれてどうしようかと悩んでいたところを、「アトラクティス」に拾われた。料理人として腕が立ち、なおかつ女顔なので女性たちの間に紛れられる……そんな理由からだった。
 はじめこそ、詳細を知らされなかったため素直に喜んでいた彼だったが、こうして女装して働くのは、ずいぶん気疲れする。そして何より、
(なんで俺……毎回こんな感じなんだろ)
 そう呟き、がっくりと肩を落とすのだった。

乙女座の園 第7エリア(5)


 (5)

「あたしが高校のころ、同級生にすごく綺麗な子がいたんだ。あの頃あたしはまだ全然おしゃれじゃなかったから、その女の子が学年で一番綺麗だった」
 当然、言い寄る男子は数多おり、1つ上の先輩と交際していた。美男美女のカップルと、周囲から羨望を集めていたという。
「でも、高校2年の秋。文化祭の準備をしていたとき、事故があったの。だし物の喫茶店で料理の手伝いをしていたときに、なぜかいきなり高温の油がばぁっと跳ねて──正面にいた彼女は、顔中にそれを浴びて大火傷を負った」
「……!」
「命には別状はなかったけれど、顔は火傷のあとで真っ赤。退院したあと、いままでちやほやしていた男どもは見向きもしなくなって──カレシも、さすがにすぐに振るような露骨な真似はしなかったけれど、会う回数が減っていって自然消滅。結局、彼女は学校にも来なくなっちゃった」
「…………」
「学校に来なくなってすぐ、あたしは彼女に会いに行ったんだ。学校に戻ってきて、っていうためにね。でも……」
 彼女に会いに行った円香は、美人で知られた彼女の変貌ぶりに、まず驚いた。顔中に赤いまだら模様が浮かび、頬がげっそりとこけて、暗闇の中で爛々と目ばかり光らせている姿に。
 それ以上に驚いたのが、その同級生から聞いた話だ。なんとその揚げ油に水を入れ、大量に跳ね散らして彼女に火傷を負わせたのは、他ならぬ彼女自身だった、というのだ。
「確かに、あの事故そのものの原因がまったく判ってなかったんだけど、彼女自身がやったとなれば合点はいく。でも、なんで? あたしがそう訊いたら、彼女、こう言ってた。『綺麗でいるのに疲れた』って」
 美人で、受け答えが良くて、可愛くて、聞き上手で。いつの間にか貼られたレッテルが、いつしか彼女を縛り付け、それが彼女の心を壊した。
「もちろんその時のあたしには、彼女の気持ちはまったく判らなかった。そりゃああたしだってそこそこ綺麗だったし、そのために多少の努力はしていたけれど、彼女ほどじゃなかったからね。彼女は毎日、丁寧にメイクをして、髪型だってヘアサロンに行ったばかりみたく綺麗にセットして、言葉づかいにも、食事にも、運動にも気を使ってた。なんで彼女がそこまでするのか、私にはとうとう判らなかったけど──でも彼女が、『綺麗でいるのに疲れた』って言ったのが、私には印象的だった。他にも色々聞いたよ。顔に火傷を負ったとたん、他の人からどんな言葉を浴びせられたか、とかさ」
 それから円香は、ある強迫観念に取りつかれた。「綺麗でなくなったら、周りから冷たくされるかも知れない」という。
 もちろん理性では、今のままでも十分なことは判っているし、綺麗でないからと言って虐められることなどないことも、判っている。しかし円香にとって、それは理屈ではなかった。おそらくは、かつてクラスいちの美人で知られた友人の、顔中を火傷のあとで真っ赤にふくれあがらせ、暗い目をしている姿が、円香の心に恐怖を植え付けたのだろう。
「だからね。大学時代にあたしが綺麗にしてたのって、要するにその強迫観念の延長なんだ。いまではだいぶ落ち着いたけどね。だからもうこれから先、あたしが着飾ることはないよ。もう2度と、着飾りたくはない。でも、良介は……」
 円香はゆっくりと微笑み、良介を見た。

乙女座の園 第7エリア(4)


 (4)

「って、え? なんでそれを……?」
 不意打ちで、良介は思わず聞き返した。そして答えてしまってから、もうこれがいまの問いに対する答えになってしまっていることに気付き──愕然とした。
 前回の電話では、彼は別の企画会社にいると嘘をついた。それが、あっさりと見破られてしまったのだから。
「やっぱり、そうなんだ」
 円香は気を悪くした風でもなく、にっと笑う。悪童のような表情だった。囁くような声で、
「そうじゃないかと思ったんだー。ほら、あたしが久しぶりに電話した日の少し前に、《乙女座の園》で鉢合わせたでしょ? あれ、絶対に良介だと思ったもの」
「う……」
 良介は言葉に詰まった。が、すぐに無駄な抵抗だと諦めた。円香に合わせ、周りからは聞こえないようにひそひそと、
「まぁね。あのときは正直焦ったし、ばれたら大変だから、知らん顔したんだ。でも、やっぱりばれてたか」
「うん。でも、似合ってたよ。すごく可愛かったし……それに、あのときの良介は活き活きしてた」
 円香は真剣な目で、そう言った。良介は思わず彼女をまじまじと見て、
「活き活き……してた? 俺が?」
「うーん、なんて言うか……やりがいに満ちてて、すごく楽しそうだった。可愛い服でお客さんをもてなして、お客さんを喜ばせることに一生懸命で、すごく輝いてた」
「そ、そう……? まぁ、確かに色々、やりがいは感じていたけど」
 良介はちょっと赤くなって、円香から目を逸らした。自分は、そんな風に見えていたのか。確かにウェイトレスをしているとき、ただ単に恥ずかしいばかりではなく、衣装や接客を喜ぶお客さんの顔にやりがいを見出していたことはあった。円香はそれを、一目で見破ったのだろうか。
「大学時代の良介ってさ、割と何事にも淡泊って言うか、あんまりやる気がないって言うか、そんな印象だったんだよね。でもあのお店で見た良介は、一生懸命で、他の人から見られることに喜びを感じているみたいで、すごく良かったよ」
「そ、そう? なんかちょっと照れるな」
「あははっ。でも真面目な話、良介って、女性の服を着ているときの方が魅力的だよ。似合ってるし、何より活き活きしている感じで」
「でもだからって、いつも女装していようとは思わないよ」
 良介は、曖昧に笑った。しかし円香は眉を寄せて、
「なんでよ、勿体ないなぁ」
「恥ずかしいからだよ。それ言ったら円香だって、スタイリッシュに決めれば一級の美人なのに、勿体ないことこの上ないぜ」
「ふぅん……良介も、そういう風に思うんだ」
 円香の顔が曇った。しかしすぐに眼を細めて笑い、
「ね。あたしがなんで大学時代、あんなにばっちりお化粧して、男性からもてはやされるようにしてたと思う?」

乙女座の園 第7エリア(3)


 (3)

 最初こそ円香の豹変ぶりに驚いた良介だったが、見慣れてくるにつれ、むしろ今の彼女の方がよほど気楽なことに気付いてきた。
 いままでは「大学屈指の美人」と「2人きりで遊びに行く」ことへの緊張があったのが、ラフな服装と下世話な表情の円香と話すにつれ、だんだんに無くなってきたのだ。半ば気後れしていた良介にとっては、本当に有り難かった。
 しかし。
 円香が彼を連れて向かった先に、良介はちょっと不安になった。あろうことか駅ビルの3階、レディスファッションのフロアだったのである。
「良介ー、これなんてどう?」
「こっちの服には、やっぱこのスカートかなぁ。こっちだと、ちょっとミスマッチだし」
「うーん、おとなしめにハーフパンツにしておくか。とすると上は……」
 円香は早くも、良介のことを名前で呼び捨てることにしたらしい。まぁ、男同士だとずっと「良介」と呼ばれていたから、男前な口調でしゃべる円香からそう呼ばれていても、違和感はないのだけれど。
 むしろ良介が気にしているのは、彼女が今選んでいるこの服が、果たして誰のものかという一点だ。もちろん、普通に考えれば円香自身のものでしかありえない。しかし、だからこそ正面切って質問するわけにも行かず、良介は戸惑いながらも相槌を打ち、迂遠に確認しようとしたり、あるいはなるべくフェミニンでない方に誘導したりする。
「お、いいじゃない」
「こっちのブラウスよりも、こっちのシャツの方が良いんじゃない? すっきりしてるし」
「円香のスタイルだと、スカートにするならマーメイドタイプの方が似合うと思うな」
 などと言いながら、服を選んでいく。良介も、円香に合わせて彼女を呼び捨てていた。相手が打ち解けて呼び捨てにしているのに、こっちがいつまでも「月織さん」では、逆に嫌な顔をされるだろう。それに良介も、円香のことを異性として意識しなくなっていた。
 そんなこんなで服選びをするうち、水色ストライプの七分丈シャツに、白のノーマルスカート、天然色の編み上げジュートウェッジサンダルを購入することに決まった。
 2人はそのまま、駅ビル最上階の喫茶室に入った。明色の照明の中、ライトミュージックが流れている。窓際の奥まったスペース、4人掛けテーブルに向かい合うようにして座り、良介はそれとなく、円香はいま何をしているのかと尋ねてみた。
 良介と円香はさる文系私大の法学部出身で、良介は勉強熱心ではなかったが、円香は院を目指していたほど、勉強熱心だったはずだ。院を諦めたのには、何か理由があるのだろうか。そう思って訊いてみると、彼女は歯切れ良く答えた。
「うん、実はね……」
 話によれば、彼女は今、雇用問題を中心とする社会派のルポライターをしているらしい。本当なら、大学の教授に付いて法学の研究に専念したかったようなのだが、不況のあおりで父親が職を失い、彼女も働かざるをえない状態になったのだとか。しかしその割に、彼女の表情に暗さはなかった。
「いったん研究室からは離れたけど、今でも『ジュリスト』は読んでるし、やりがいがあって面白いよ。こう、今までは文章の上でしかなかった裁判の案件を、肌身で感じられて。また研究に戻るときも、この経験は役立つと思うんだ」
 彼女がそう締めくくったところで、二人の注文した飲み物がやってきた。良介はアイス・ティー。円香はウィンナコーヒー。
 ごゆっくりどうぞ、というウェイトレスの声で、しばし二人の会話が途切れた。良介が、あらためてむかしの思い出話でも振ろうかと思った時。
 円香が奇妙に響く声で、こう言った。

「で──良介は、『Beauty and Brilliancy Factory』にいるんだよね? あの、《乙女座の園》を企画した」

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