スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
『月夜哉』 第一章(2)
(2)
ネオンサイン。
入った途端に左右にきらびやかな電飾が光り、風俗店から怪しげなバーまでずらりと立ち並ぶところを想像していたが、目の前に見える中通りの風景は、ぼくにとってはあまりにも予想外だった。
ごくありふれた、そこら辺の繁華街と大して変わらなかったのだ。
たしかにネオンサインは輝いているし、客引きとおぼしき男女がうろうろしていたけれども、いまさっきまで歩いていた歌舞伎町のあたりと、ほとんど変わらない。なんか、拍子抜けだ。
それでも警戒して、ぼくは足早に通り過ぎようとする。客引きも、通り一遍に声をかけては来るけれども、どうやら通りすがりの貧乏学生と見切ったらしく、しつこく追ってくることはない。ぼくは安心して、少し歩調を緩めた。
と。
(あれは、なんだろう?)
ぼくは思わず、反対側の歩道を歩く若い男性を見つけて目を丸くした。男性が歩いている、それだけなら違和感はない。
しかし、それが四つ足で歩いているのなら、話は別だ。
まるで犬のように、彼は四つ足で歩いている。膝をついたはいはいの姿勢とは違い、両手の平と両足裏を地面につけて歩いているのだ。狼男の変身途中みたいな姿勢だった。
しかもその服装は、下着一枚に首輪という姿。しかもその下着さえも、卑猥なピンクのTバックという姿だった。顔は見えないが、周囲からの視線を浴び、かろうじて見える頬は真っ赤になっていた。首輪を引いているのは、すっきりしたパンツスタイルの女性。こちらはごく普通に二本脚で歩き、リードを引いて歩いていく。
気付けばその男性に見とれて、ぼくは歩道の真ん中に立ち止まっていた。そのとき、いきなり肩にトン、と手を置かれた。慌てて小さな叫び声とともに振り向くと、そこにはひとりの男性が立っていた。
かなり背の高い男だった。彼の顔を見るには、身長165センチのぼくだと、かなり見上げなければならないくらい。おそらく、185センチはあるだろう。逆三角形の細身の身体に、仕立てのよいグレイのスリーピースが、恐ろしいほど似合う。まるで一幅の肖像画のようだ。
やや酷薄そうな目元に、オールバックにした髪のうち、まとめきれなかった前髪がかかる。知的な印象だが、同時に酷い冷たさを感じる瞳。機械的な冷たさではなく、自らが楽しむためにどこまでも残酷になる、人間的な冷たさだ。
ぼくはとっさに、白い大蛇を連想した。太い胴体をもつ、真っ白な大蛇。獲物を冷徹な目で見つめ、頑強な身体を持って獲物の動きを封じ、時には胴体に絡めとられた中で暴れる獲物の動きを、楽しむようにいたぶる。そして獲物が弱るのを待ちながら、じわじわと絶命させ、最後にその獲物を丸呑みにしてしまう。そんな、大蛇のイメージだ。
「あれに、興味があるのかな?」
彼はそう言った。
ぼくが慌てて返事しようとした次の瞬間、その男の瞳が不意に視界いっぱいに広がり、ぼくはその眼光に射すくめられ、気を失った。
『月夜哉』 第一章(1)
第一章 新月
(1)
「じゃ、お疲れさーん」
「お疲れさんでーす」
ぼくが友人たちに手を振ると、彼らも手を振り返してきた。しかし、すぐに彼らは新宿の人混みの中に消え、ぼくも彼らに背を向けて、駅に向けて歩き出す。
ぼくがいるのは新宿三丁目の、飲み屋が集中する一角だ。今日は大学で同じゼミに属する“ファミリー”で、前期授業が終わった後の打ち上げに来たところだった。
時刻は九時。学生どうしの飲み会では、ようやっと一次会が終わって、じゃあ気のあった仲間で二次会に行こうか、という流れになるところだ。しかしぼくは実家が田舎なもので、あまり夜遅く出歩くのには慣れていない。もう大学2年生、20歳になっているというのに、何ともしまらない話だと自分でも思う。
特に新宿という街は、大の苦手だ。せめて大学近くの立川駅とか、ぼくのアパートに近い国立駅界隈ならまだしも、新宿はまさに不夜城、9時をすぎても店が閉まるどころかいよいよたけなわ、という感じで、田舎育ちにとってはしょうじき怖い。
長居は無用とばかり、ぼくは足早に新宿駅を目指す。三丁目からだと、一番近いのは東口か新南口だ。酔った頭で、ぼくはそちらの方角に足を向けた。
しかし、新宿の地理は不案内で、どうやら自分が駅とは逆方向に歩いてきたようだと気付いたのは、靖国通りをかなり東に行ったあたりだった。どうもなかなか駅にたどり着かないからと不審に思い、路上に建てられている地図を確認したのだ。ぼくがいるのは、靖国通りの中でも、新宿二丁目に接するあたりだった。
(参ったなぁ……)
今からUターンして靖国通りを戻るのは、いささか面倒だった。地図を見ると、地下鉄の新宿御苑前駅が割と近い。地下鉄を使って新宿か中野に戻り、そこから国立を目指す、というルートが一番良さそうだった。
しかし、そこに行くためのもっとも直線的なルートは、あろう事か、新宿二丁目の中心を通る仲通りを通って行くことだ。
(どうしよう……)
冷静に考えれば、二丁目のある区画を迂回して行くのが一番安全で、手っ取り早い。しかし、ぼくはちょっと迷った。新宿二丁目と言えば、得体の知れない新宿の中でもさらに中心、百鬼夜行どころか万鬼昼行の魔窟、と言うイメージだ。
でもまぁ、入ってそうそう取って食われもしないだろう。足早に通り過ぎれば、そう危ないことはないだろうし。何よりも早く帰りたい一念で、ぼくは次の道を右に曲がった。ここを入れば仲通り。新宿二丁目の、中心を走る通りだった。
月夜哉 序章
序章 闇の夜は
「久しぶりだな、ジョウガ」
「あら、ガドウ。珍しいわね。貴方の方から来てくれるなんて」
「なに、ミチナガに呼びつけられたんだ。聞いたぞ。“スレイブ”が足りないそうだな?」
「なぁんだ。オーナーに呼ばれただけだったの。残念だわ。……それはそうと“スレイブ”の件だけど、べつに足りない、って訳じゃないのよ。ちゃんと、半年分は揃っているもの」
「6人か。少ないな。しかも、どうせ後半が足りないんだろう?」
「いちおう“霜月”はいるわ。でも、そうね。“文月”からさきは“霜月”一人しかいないのよ。そのせいで、お客がだいぶん飽きてるのには違いないわ。オーナーが“スレイブ”を補充したがっているのは、そのせいね」
「……“霜月”ひとりいれば十分だと思うが?」
「それだと“霜月”の負担が大きすぎるし、それに、“霜月”が受け付けているの以外にも、ハードなプレイを好む客はいるのよ。だから、できれば“文月”以降の“スレイブ”を、誰か見繕ってきて欲しいの」
「ふぅん……おい、確か少し前に、“神無”がいたな。あいつはどうした?」
「逃げたのよ。ずいぶんいろいろ手をかけたし、お客にも好評だったんだけど、ね。どうも“姿見”が手引きして、逃がしたらしいわ。彼女もろとも、もっか行方不明」
「“姿見”もいなくなったのか。それは惜しいな」
「ええ。……何よ、ずいぶん残念そうな顔ね」
「いや、別に。……とすると、連れてくるのは男の方が良いか? さすがにすぐに“神無”の後釜に据えるわけにはいかないだろうが……」
「ええ。さすがに“師走”は無理でしょうけれど、できれば“葉月”になれるような人がいい。そんなわけで、割と可愛い顔立ちの男の子を頼むわ」
「男が好きという客の考えることは、よく判らんな。男がいいなら、女の格好なんかさせるのは、意味無いだろうに」
「あら、両刀遣いのあなたに言われてもね。じゃ、頼んだわよ。報酬は、後でオーナーから受け取って頂戴」
「了解。……と、その前に今日は久々の“ショウ”を見ていくか。今日は誰が出る?」
「今日は“霜月”以外、全員出るわよ。今日は“霜月”、アレの日が近いから出られないのよ。まずは“睦月”と“弥生”が二人で出て、その後“卯月”と“水無”、最後に“皐月”が締め。最後まで、見ていくでしょ?」
「いや、男の“スレイブ”には興味ないんでな。“弥生”まで見たら帰るよ。……ああ、帰り際、“霜月”に挨拶してもいいか? いちおう俺がスカウトしてきた“スレイブ”のひとりだ」
「ええ、いいわよ。それじゃあガドウ、ごゆっくり。一夜の“ショウ”を楽しんでね」
「そうする。じゃあな」
…………
「久々の狩りか。さて、どのような手を使ったものかな……」
月夜哉 序
『月夜哉』
クラブ“Lunatic Night”会則より抜粋
第一二条
“Lunatic Night”の会員は、当店で行われる“ショウ”に、“マスター”ないし“セミスレイブ”として参加することができる。
第一三条
“ショウ”において“マスター”となった会員は、当店の“スレイブ”に対して許容される限度で、“スレイブ”に対して加害行為をすることができ、かつ、名誉毀損、侮辱罪、暴行罪などが免除される。ただし傷害、殺人などについては、これをしてはならない。
第一四条
“ショウ”において“セミスレイブ”となった会員は、その希望に添って、当店の“マスター”あるいは他の会員が“マスター”となって、“マスター”から加害行為を受けることが出来る。ただし、希望に添う限りにおいて、“セミスレイブ”は当店、および“マスター”となった会員に対して、いっさいの被害に対する請求をしてはならない。
第二〇条
“Lunatic Night”の会員以外の者は、当店で行われる“ショウ”に、“セミスレイブ”として参加することができる。“セミスレイブ”については、第十四条の規定に準じる。
“スレイブ”一覧
“睦月” “弥生” “卯月” “皐月” “水無(みな)” “霜月”
* * *
いよいよ始まりました、新作『月夜哉』。当初予定していたストーリーだと、主人公がいじめられるまでに10回くらい(!)かかるので、ストーリーをタイトなものにしました。そのせいで「我道が洋画家」という設定が完全な裏設定になってしまいました(涙)。
前作代わりと会話シーン中心になってしまったので、今回はプレイ中心で行こうと思っています。ではでは、趣味の合う方はお付き合い下さい。